the unstable 85th.

(不安定な85番目)
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evergreen

 ぼんやりとその校舎を見つめる。あまり足を踏み入れなかったそこは、けれどやはり今までとは景色が違って見える。
 それは俺が変わったから、だけだろうか。

(……どうすっかな)
 予定より少しだけ早く待ち合わせ場所にたどり着けば、まだ相手の姿は見えなかった。暇を潰すほどの時間はないのだしと――ここ、私立改方学園の正門前で突っ立っていたのがいけなかった。
「高校生探偵の工藤新一や!」
 誰かがそう言い始めたが最後。あっと言う間に人がちらほら集まってきてしまった。
 どうすることもできず、とりあえず困った笑みを浮かべてみてもこちらの心理は測り取っては貰えない。「待ち合わせで、」なんて言ってみたら「彼女ですか!?」と来たもんだ。勘弁してくれ。今から会う奴はんな可愛い奴じゃない。そもそも蘭に会うのにここで待ち合わせなんてしない。
「おーおー、人気者やなぁ」
 メールでも打って退散しようかと思った矢先、ニヤニヤと笑みを浮かべた服部は、それでも少しだけ息を切らしてこちらへ向かってきた。急いできたのだろう。分かり辛いが人が良い。
「待ち人が来たからごめんな」
 しかし助かったのは確かなので、とりあえず笑顔で返して周りの人達から遠ざかる。もうメディアに露出しなくなって随分経つのに、なんだかんだ忘れ去られたりするほどの期間ではなかったのだろうか。
 そしてここに蘭が居ればもう少し変わったのにとも思う。尤も蘭がいたのなら事件でもなんでもないこんな平和な休日に大阪には来なかったけれど。
「なんや腹立つこと考えてへん?」
「さぁな。んなことより、早く行こうぜ。視線が痛い」
「まぁ、せやな」
 大阪の人は少しだけ人同士の距離が近い気がする。その為なのか声を掛けられる頻度も増える。服部がいれば上手くかわすからあとは任せてしまえるけれど。
「あれ、彼女は?」
「和葉やったら今日は部活や」
「なんだ。オメーと一緒かと思ってた」
「その台詞、そっくり返したるわ」
 だいたい俺ら男二人に和葉が付き合う訳無いやろ、と付け足されるので首を傾げる。彼女は服部と居たいだろうから可能性はゼロではないと思うのだけれど。
「それに、和葉がおったら自分面倒やで?あいつは会いたかったみたいやけど」
 なんて笑われる。彼女は全面的に蘭の味方だからきっと色々言われるのだろうと予測できて、それは確かにと苦笑した。

 服部からお好み焼きを食べようと話をして随分と経った。何度か駄目になったけど、服部がしつこく言うものだから今回やっと決行となった。
 俺は元の姿に戻って、色々な事後処理を終えた。そのなかで地味に大変だったのが進級だ。なんとか許された後に「一緒に進級できて嬉しいし、分かってたけど、ずっと休んでた新一の方が成績がいいのが悔しいなぁ」なんて、むくれた蘭を思い出す。こう見えても少しは勉強した。だって流石に蘭に負けるのは格好悪いだろう。部活も入っていないおかげで少しは余裕ができたし、蘭も合宿で会えない上に警視庁からの呼び出しもない。ならばとこうしてはるばる大阪にやって来て、お好み焼き屋の門を潜ったのだ。

 服部との会話はまぁまぁ面白い。事件の話も他の話もスムーズに進む。少し元気が良すぎるし大声上げすぎで疲れねーのかなとは思うけれど。
 最後に会ったのは俺がまだコナンだった時だ。連絡はしていたし協力もしてくれたけれど、全部を説明できるほどまだ俺も万全ではなかったから、これを機に全てを報告した。
「で、その後始末も全部終わった」
「そりゃあ大変やったなぁ。お疲れさん」
「いや、オメーも手伝ってくれただろ」
「当たり前やろ」
 断言されて少し困る。相変わらずの熱血漢で直情型だ。だから続けられた言葉もきっと本心なのだろう。
「せやけどまさか警視庁とFBIだけやのうてCIAと公安にまで信頼させるとか恐ろしいやっちゃで」

 お好み焼きは美味しい。さすが服部が誘うだけのことはある。最初俺が作れば下手すぎて見てられないと言われたが、なるほど、胡瓜を切るときとはうって変わってかなり手際よく生地をひっくり返していた。
「あれは組織を潰すのが目的だったから俺がどうのこうのは関係ないだろ。皆同じ目標だったからじゃねーの?」
「……ホンマ、自分のことは鈍感やなぁ」
 よく分からないので半目で返せば気にも止めずお好み焼きを差し出された。これもこれで美味い。
「少なくとも工藤が関わっとったから俺は手伝うたんやで」
 呆れた顔で言われたのは、女の子なら少しはキュンとくる台詞だったのかもしれない。けれど生憎俺は男だし、言ってきたのが蘭じゃなくてよりによって服部だったので特に思うところはない。それにこいつも探偵。きっと俺が関係していなくともお人好しなこいつのことだ。馬鹿みたいに協力しただろう。
「旨かったやろ?」
「おお」
「だから食いにこい言うたんに」
「……一回来たときはオメーがやっかいごと巻き込みまくって新幹線の時間になっちまったし」
「はは、あったなぁ、そないなこと」
 なんでもない雑談をしながらお好み焼きを食べ終わり店を出る。奢ってくれた服部はじっとこちらを見たあとに笑う。
「でもやっぱりしっくりくるわぁ」
 その言葉の意図が俺に伝わっていないことを察したのか、服部は俺の肩を叩いた。
「工藤とはこの目線がちょうどええなぁ。ちっさいお前はしゃがまんと話も出来へんし、こういうのもからかうとき以外は違和感やったし」
「……は」
 服部はそう言って俺の頭を撫でた。端から見たら気持ち悪いだろう。
「まぁ、あのちっこい方が可愛げあったけどそれもなんか変やったし、おお、やっぱりしっくりくるわぁ」
 肩を軽く組まされて流石にやめろと言ってみるけれど聞いちゃいない。そのまま服部は足を進ませる。なんだか嬉しそうな顔をしていた。


 コナンの時間は思い返せば短い。けれどそこで出会った人たちはとても多い。
 皆はコナンを信用してくれた。組織に立ち向かうときも作戦に耳を傾けてくれた。

 でも俺は江戸川コナンだけれど工藤新一だ。そしてコナンを経た新一はどこか変わっただろうか。元に戻った俺は誰だろう。何者だろうか。ちゃんと新一だろうか。と、少しだけ思った、思っていたのだ、きっと。
 それでも俺には戻らないなんて選択肢は存在しなかった。両親もあんなんだからきっと戻らなくても戻れなくても楽しむだろうけれど。けれど、やっぱりちゃんと言いたかった。待っていてくれた人に謝罪と感謝とただいまを言って、俺より少しだけ小さな彼女を抱きしめたかったのだ。だから命を懸けた。
 ……ただ。

「……オメーってちょっと馬鹿だよな」
「なんでやねん!俺は工藤とは普通に話せてええって言うただけやで」
 分からないと喚く服部に、うるさいと言いながらも思わず笑う。馬鹿正直に今の俺を見て良かったなと笑う人は家族以外じゃ四人目だ。

 正直なところ蘭が笑えばいいと思っていた。蘭がいるから新一に戻りたかったのだろうし戻れたのだ。そうじゃなければきっと俺は何度か死んでいる。たくさんの馬鹿と全然痛くない弱々しいパンチをされて、泣きながら笑っておかえりを返してくれたから全てが報われたのだ。それだけで良かった。
 でも、もう一人いてくれたのだ。それは、とても悪くない。決して言ってはやらないけれど。

「んで、この後どこ行くんだ?」
「せやなぁ、観光はしたしなぁ。あ!そういえば和葉はつまらん言うとったけど、大阪府警案内したろか?工藤なら面白」
「早く行こうぜ服部!」
 素晴らしい案を聞いて思わず笑みが溢れる。こればっかりは彼女たちがいない方がいい。だって確実に馬鹿にされる。
「……ほんま相変わらずやなぁ」
「あー俺はいい友達持ったな」
「調子ええやつ」
「何言ってんだよ。本心だぜ」
「自分、そない演技下手やったか?」
 心が籠らない言葉の応酬をして、どちらともなく笑い声が漏れた。下らない話はそういえば同年代てできたのは久々だった。

「あ、せや工藤、大阪ん中で連続殺人はもう勘弁してな」
 なんてまたからかうように笑う。一切合切変わらない対応に礼を呟くのもなんだか悔しいので、とりあえずやっと同じ高さになった向こう脛を思いきり蹴ってやった。



(お前に慰められるのは)
お互いにちゃんと認め合って友達やってる東西探偵が好きです。

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